デモ参加者数とテレビ報道

 日本においても他の民主主義国同様、種々のデモンストレーションが行われているが、街頭デモの場合、その人数については「主催者発表」の数字が多くの場合水増しされていることは周知の事実である。そもそも主催者に集計能力があるのか疑問であり、警備する側の「警察発表」の数字のほうが実態に近いと思われることは、過去のデモの写真や映像を検証すれば明らかである(「主催者発表」は「警察発表」の3倍程度のケースが多く、目に余る場合もある)。

 しかし、日本の報道では、デモ参加者数は、明らかに水増しされた「主催者発表」の数字のみが取り上げられることも多い。

(例)NHK
市民グループが××で集会を開き、主催者の発表でおよそ****人が集まりました。
(参考)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170711/k10011054281000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_009

などと伝えている。

これは率直に言って、放送法違反であろう。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO132.html

放送法
第四条  放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
三  報道は事実をまげないですること。

 明らかに水増しされた数字に無条件で「集まりました」と断定形で書くのは、「事実」に反している。報道機関ならば、自ら集計・推計すべきであり、それができないのなら、少なくとも次のように書くべきであろう。

 市民グループが××で集会を開き、主催者は****人が集まったと発表しました。

 これなら事実に反しているとは言えない。

 昨年のアメリカ大統領選挙でも、共和党・トランプ候補の集会と、民主党ヒラリー・クリントン候補の集会では、会場の熱気のみならず、聴衆の人数にも大きく差があることは一目瞭然なのにもかかわらず、メディアが人が密集しているステージ前のみを切り取った写真や映像を流していることが話題になった。

 しばしば揶揄される報道の自由ならぬ「報道しない自由」である。

 今回の東京都議会議員選挙でも、一部テレビでは、聴衆の一部が演説を妨害したことよりも、演説者がそれに反応したことのほうが批判的に報じられている。これが左右逆の立場だったらどうだろうか。聴衆の側を、狭量だとか、反知性などと叩いていたのではなかろうか。

 ついでに放送法4条の残りの項もあげておく。

一  公安及び善良な風俗を害しないこと。
二  政治的に公平であること。
三  報道は事実をまげないですること。
四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

 今回の組織犯罪処罰法改正案(テロ等準備罪(一部メディアは「共謀罪」と呼称)新設)では、「政治的に公平」で「できるだけ多くの角度から」報じられただろうか。賛成意見がほとんど報じられず、反対意見に偏重しているテレビ局があったことは明らかである。

 特に、テレビ・ラジオは国民の財産である限られた電波をつかって放送している。その分放送法という縛りがある。
 無責任に一方の主張のみを垂れ流すことは許されない。それこそおごり・高ぶりだ。  
 また、新聞も正確性を旨とする以上、事実に基づかなければ木鐸の名に値しない。